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大阪地方裁判所 昭和62年(わ)2973号 決定 1987年8月26日

主文

本件被告事件の証拠として取調べた被告人の検察官に対する昭和六一年七月一七日付及び同月二六日付並びに司法警察員に対する同月五日付、同月九日付、同月一四日付、同月一五日付、同月一六日付、同月一七日付、同月二三日付、同月二四日付(二通)及び同月二八日付各供述調書を排除する。

理由

第三回公判期日において昭和六一年(わ)第二九七三号殺人未遂被告事件(同年七月二九日付起訴状記載の公訴事実)の証拠として取調べた主文掲記の各供述調書について、弁護人から、右各証拠は証拠能力を欠き証拠とすることが出来ないものであるからこれが証拠の排除を求める旨の申出があったので、所論に鑑みその要否について検討するに、

被告人は、当初本件公訴事実についての被告事件に対する陳述においては、共謀内容の内殺意の点のみを否認し、第三回公判期日において弁護人が、右各供述調書の取調べに関し、その任意性を争わない旨陳述した際も特に異議を述べなかったが、第六回公判期日以後、本件公訴事実についての共犯者との共謀の事実を全面的に否認し、これを認めた右各供述調書について、第七回以後の公判期日及び被告人作成の上申書において、本件公訴事実の事件で凶器として使用されたけん銃等を所持していたとする銃砲刀剣類所持等取締法違反等の事件で逮捕勾留、昭和六一年六月二六日勾留中起訴された被告人が、取調官から、当時警察が捜査中であったA組が関与したとされる数件の抗争事件についての責任を追及され、種々侮辱的な言動や暴行を加え、あるいは屈辱的な行動を強いるなどして、少なくともそのうちの一件について責任を認めるよう強要され、また被告人が右の責任を認めなければ、当時拘束中の被告人の配下の組員にも同様の取調べをしてその「体に聞く」とか被告人に愛人がいることを被告人の妻に知らせるなどと脅迫されたため、やむなく取調官と取引をし、配下の組員に暴力的な取調べをしない、愛人のことを妻に知らせない、関係組員を逮捕するなどしてこれ以上事件の責任を追及しない、との条件で本件公訴事実の事件における共犯者との共謀を認めたものである旨供述するに至ったものであるところ、

被告人が取調べの警察官から受けたとする暴行等の内容はかなり具体的で、そこには、右抗争事件の責任を否定する被告人に対し、取調べの警察官が古新聞を持ち出してこれを小さく切りながら「事件の尻の拭き方を知らない。尻の拭き方をおしえてやる。ズボンを脱げ」などと言われたなど、いささか特異で、自ら経験しないものの作り話とは考えにくいものも含まれており、それ自体一概に虚言として排斥し難いものがあり、加えて証人山之内幸夫の当公判廷における供述によれば、当時被告人の弁護人であった同人が、昭和六一年六月二七日被告人と接見をした際、被告人から、警察官の取調状況について、被告人が当法廷で述べるところとほぼ同趣旨のことを訴えられ、かつ被告人の口腔内等にその訴えと矛盾しない負傷の存在を確認し、帰途取調官に会いその取調方法を改めるよう婉曲に抗議したことが認められる。

これに対し、当時被告人の取調べに関与した警察官二名は、当法廷において、被告人の右供述並びに山之内弁護人(当時)から被告人の取調べに関して抗議を受けたことを全面的に否定する証言をしているが、同人らの証言は、ただ暴行等の事実を否定するのみで、当初犯行を否認していた被告人がこれを認めるにいたった経緯について、曖昧ではなはだ不得要領な証言に終始しており、たやすく信用し難く、被告人の右供述を排斥するに足るものとは言えない。

また被告人が本件公判の当初の段階では右のような主張はもとよりこれをうかがわせるようなことは何も言わないでいて、公判の途中から右のような供述を始めた理由について、被告人は、本件公判審理中、妻から被告人に愛人がいたことを理由に離婚問題を持ち出されその収拾に苦慮したが、その際の妻の言動等から、妻が被告人の愛人のことを知ったのは、警察官が被告人との約束を破ってこれを妻に知らせたものと考えられたため、だとすればこちらも警察に義理だてすることはないと考え、事実を否認し、取調べの状況を明らかにしようと考えるに至ったからである旨一応それなりに首肯し得ないではない理由を述べており、被告人の妻B子も当法廷において概ねこれに沿う趣旨の証言をしていることからすれば、被告人が公判の途中からこれを言いだしたことをもってその信用性を失わせるものとはなし難い。

その他被告人の前記供述の信用性を疑わせ、これを排斥するに足るものは見当たらない。

そうだとすれば結局、主文掲記の本件各供述調書のうち、司法警察員に対するものは、取調官から暴行等不当な取調べを受けた結果主張のような約束のもとに作成されたもの、検察官に対するものはその影響下に作成されたものである疑いを払拭することが出来ず、いずれもその任意性に疑いが残り証拠能力を認めることの出来ないものであったと言うほかない。

よって主文掲記の本件各供述調書については、本件の証拠から排除するのを相当と認め、刑事訴訟規則二〇七条に則り主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官西田元彦 裁判官宮﨑万壽夫 裁判官三角比呂)

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